2007年11月4日(日)
おじんのひとりごと

 ふと気がつくと、一人でブツブツ云っていることがある。このごろ、そんなことが多くなったようだ。。傍迷惑とはおもうが、仕方がない。おじんのおじんたる由縁かも知れない。
 ところで、私のこのHPも、4月頃から実質的に始めて、7ヶ月が経った。音楽はどんどん入れて行きたいが、以前作ったものはソフトの転換に問題があるようで、進んでいない。勿論、これからも作っていきたいが、もの思うこと多く ? ここらで時々ブツブツ言っていることを書いて見ようと思い、この欄を設けてみました。
 そして、この機会に、オープニングMUSICもオリジナルなものに更めました。
 私の誕生日も近ずいてきました。運転免許の更新を忘れないようにしなければなりません。

         秋
   さといもの葉が風に揺れて
   いやいやをしているそばで
   コスモスの花が笑っている
   漂いの日々
   今年もまた
   一つ 年をとるようだ

2007年11月10日(土)
最近の出来事

 日記に、最近の出来事を書くのは当たり前のことである、とおもいながら、やはりこれは日記ではなく、週記、または旬記、季記なのだから、それでもよい、と一人で納得して、文を進めたい。
 11月8日に、私は大阪は心斎橋、ヨーロッパ通りの程々に有名なお菓子やさんの3階にいた。そこは、月1回、定期的なミユジックティサロンが開かれて、30人程の主としておばさん達が集まっていた。
 私はそこで、最近の新曲、このHPに10月23日に搭載した「オノマトペ」を唄いました。歌詞と挿絵は、紙にプリントしたものを、曲の進行に合せて紙芝居のように手でめくり上げてもらいました。
 主催者のご理解と、先導する先生のご協力で、予想以上に効果が上がり、歌の途中で笑い声が絶えませんでした。曲と内容もさる事ながら、紙芝居方式もよかったとおもいます。その場で、まじめに話しかけて下さるおばさんもありました。
 「オノマトペ」は、もともとROLANDの今年の発表会に出すことを意図してつっくたものです。10月7日それは行われました。
 これらの事を通じて、私は曲の内容と、その取り上げかたと云うものについて、少し進歩したかな、と思っています。

2007年11月22日(木)
誕生日

 今日は、私の、満78歳になる誕生日である。
 北海道から、北陸にかけて、11月としては近年に無い大雪で、吹雪が吹き荒れている、とTVはいっている。ガソリンの値段」が上がり、灯油も高くなった。円はアメリカのサブプライム問題とかいうもののために108円台となり、世界的に景気が悪くなる気配だ。
 私は、71歳の誕生日に、少し遠慮して17歳の誕生日という曲を作ったが、その伝でいくと87歳の誕生日という事になり、このたびはサマにならない。
 本当に歳をとったということを実感しているが、この先、どうなることやらーーー。

2007年11月30日(金)
息子の帰省

 とうとう11月も終わりになった。新年までもう1ヶ月ということだ。
 誕生日も過ぎたので、免許の更新も終わって、ホツとしている。警察にいって、丁寧な言葉使いにびっくりした。{有難うございます。}と言う。ナントなー。
 11月25日〜29日まで、息子夫婦と孫がアメリカから帰省していて、我が家はいそがしかった。25日の夜は上の息子家族4人、合せて3家族9人で夕食を食べた。28日は高山市内見物して、拍子木を買った。それから、下呂温泉に一泊、29日は明治村で遊んだ。3歳になる孫は、明治に新橋ー品川間を走ったちう陸蒸気や、京都市電に乗って上きげんだった。孫はオムツがとれてオシッコが出るようになったのはよいが、途中でウンコと言い出したりして大いにあわてた。
 紅葉が綺麗だった。とにかくいそがしかった。息子は29日にアメリカへ帰った。

2007年12月8日(土)
いのちというもの

 12月に入ってから、知らない女の人から葉書をもらった。年末によくある、死亡通知である。
 私の高校時代、正確には中等学校時代の先生の娘さんからのものだった。
 先生は敬虔なクリスチャンで、毎年正月には細かい字を葉書一面に並べたガリ版刷りの年賀状を戴くので、私もそれなりに気を使って毎年年賀状をだしていた。
 先生は、近年、一人で生活しておられ、日々の仕事や、教会のこと、神への感謝などを書いておられた。娘さんの葉書によれば、先生は死の前日まで庭の柿を収穫して喜んでおられ、89歳で亡くなられたと言うことだ。
 万能細胞が、人の皮膚から培養して出来るということが、日本で発見された。ノーベル賞ものに違いない。孫悟空が自分の毛を抜いて、一息吹けば、大勢の分身が出来るような話だ。
 このようにして、人間が死ななくなったら、どのような世の中になるのか?
 そのうち、こちらにも順番が廻ってくるから、静かに待つとしょう。
 日本がアメリカの真珠湾を人間魚雷で攻撃してそれまでやっていた支那事変を、太平洋戦争にまで拡げた日。朝、ラジオが、繰り返して「日本は、本日末明、米英両国と戦闘状態に入れり。」と云っている傍で、父が「えらいこっちや、えらいこっちや」と言いながら県の土木事務所に出勤するために背広の袖を通していたことを思い出す。

2007年12月12日(水)

 今の季節、この頃は、午後5時を過ぎると薄暗くなる。昨日は、それに加えて小雨も時々降っていたので、いつもは自転車に乗って仕事から家に帰っているが、その時は少し近道をして歩いていたところ、労働者ふうの太り気味ぎみの男が私の前に立った。
 「おとうさん、ちょっと時間とるけどーー」警察の者だと言って、警察の紋章らしいものを見せた。それが本物かどうかは、私には判らない。
 「今、よくない事があったんやけど、その犯人にあんたがよう似てるさかい、ちょっと調べさして欲しい、」と言う。
 黒い帽子を冠り、ダウンを着て黒い靴を履いている私の格好が犯人に似ているらしい。少し道を入った駐車場に誘導されて、住所、氏名をきかれた。「そうですか、あんたはこの近くの人ですか?」
 運転免許証を見せると、納得したらしい。もう一人の私服も来て、靴の裏を見せろ、と云う。足を跳ね上げて、しげしげと見て、「はい」といった。「犯人はわしやで。」と私が言うと、警官も「わしや、わしや」と言った。
 これで無罪放免になり、家に帰ることができた。
 夕食時に妻から、「もしそれが偽警官だったらどうする。」といわれてシュンとなった。
 警官もこの頃はいろいろあって、大変だとは思うが、いやな世の中になったものだ。
 折しも今日、今年の漢字が発表された。「偽」という文字である。

2008年1月8日(火)
今年は

 2008年も早や松の内を終わり、今日は8日だ。
 元旦から今日まで何をしていたかと言うと、何もしていない。おそらく、この新しい年も、こんな調子で過ぎて行くのではなかろうか?
 しかし、1月3日には、大阪はフィスティバルホールであったプラハ国立劇場オペラ、モーツアルトの「魔笛」を観た。聴いた。当日の夜は併設しているホテルに泊まり、翌4日に家に帰ってきた。
 「魔笛」の舞台は幕があくと、と言いたいが、しょっちゅう開いているのである。−−いや、幕はしょっちゅう閉じている。と言うよりぶら下がっているのである。実は舞台全体を覆うような大きな幕(一枚の大風呂敷と云ったほうが適切か?)が、10本ほどの舞台天井からの綱に部分部分を吊り下げられていて、それが情景に応じてそれぞれか、いっせいにか上下するのである。
 だから、「魔笛」は序曲が始まるまえから、舞台の上に人がいて、それが観客席から見えている。彼らは赤茶のアッパッパのような衣装を着て思い思いに散策している様子だった。
 彼らは何者か?空気かもしれない。千の風になって、飛んでいる精霊なのか?とにかく、やわらかいファンタジーだった。
 個々の独唱者の歌はすばらしいが、合唱もまたすばらしい。うつくしかった。パパゲーノの、口止めされた時の歌が面白かった。CDかなにかでもう一度聴いてみたい。
 しかし、よく解らないのは、その舞台上の大風呂敷を吊り下げている綱の「色」である。なんと、その「色」は「白」だ。よく目立つ。目立つように白にしているのかとも思うが、あまりに現実に引き戻されるような気がする。白以外の、黒、赤、緑、青、茶などだったら、もう少し落ち着いて見られた様におもう。 

2008年1月16日(水)
つれずれなるままに。暫定ということ

正月15日もすぎて、成人式も終わり、あずきがゆも食べて、今年も本格的に始動したことになるが、その間にインド洋での油の補給も再開することになった。これは今までに6回も述長を繰り返して来たものだ。
ガソリンが値上がりしている。このため、いろいろな物の値上がりが予定されている。この3月には従来上乗せされて来たガソリン税の暫定税率の期限がきて、このままではガソリン1リットルあたり25円安くなるという。それはよいことだ、早速やって貰おうじゃあないかと思っていたら、10年間延長する法案を与党が出すという。いろいろ差し障りもあると思うが、それをどうやって乗り越えるかを考える必要がある。10年と言えば一昔である。決して暫定とは云わない。宇宙的な話なら、一瞬だけれどもーー。
「つれずれなるままに」というのは、僕の作った曲の、曲名だけでよい。

2007.10.07 Rolandの発表会で

私の工場(こうば)の窓から見た畠

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工場(こうば)の畑に成った柿(渋柿です)

かえる

明治の汽車

京都市電

美しい山々

紅葉

落ち葉

かえる

2007年12月31日(月)
面子

 NHKのゆく年くる年が始まって、除夜の鐘がきこえる。2007年も、もう数分で終わりだ。
 ことし最後に心に残ったことは、年末ぎりぎりの12月27日に文部科学省が出した「集団自決」の教科書検定の訂正承認である。
 文部科学省は、「日本軍が強制したのではない」という省の最初の検定意見は政治的な力によって動かされてはならないと言いつつ、「日本軍の行為が主たる原因だった」と読める内容にした。
 それでは、そもそもなぜ始めの(07年春の検定)で検定意見をかえ、それまであった「日本軍の強制」を削ったのか。
 それは、政治的な意図による検定意見の変更だったにちがいない。しかし、沖縄の県民大会で示された真実の叫びを無視できず、しかし尚、強制の証拠は無いという検定意見は変えないという。
 此れは、面子にこだわって真実を見ようとしないことである。「美しい国」の風にのって、安倍政権を作り、教育基本法を改訂し憲法改訂まで視野にいれて、進めてきた政治的勢力が、検定意見をかえてはならない、これが絶対正しい、としたいのである。
 つまりは、個々の国民が声を上げなければ、書類のないものは検定意見とすることはできず、公権力の有利なほうを、検定意見とするのである。
 これは、民主主義は常に国民の個々の声を必要としている、と云うしんどいが当たり前のことを再認識させるできごとだった。

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